結婚とは女性の幸せなのか?
- 2019年3月3日
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今日は3月3日ひな祭りですね。
江戸時代に女の子の健やかな成長を願って始まったようです。
ひな壇に飾られるものは、男雛・女雛をはじめとして、
嫁入りがモチーフになっています。
ひな祭りが江戸時代から始まったとはいえ、
一般庶民まで同様にお祝いしていたかも分かりませんし、
武家社会や公家社会ならまだしも、
一般庶民にはまだまだ結婚制度が曖昧だった時代だと考えられます。
【雛飾りを片付けるのが遅くなると、婚期が遅くなる】なんて迷信もあるくらいです。
最近、沖縄で雛飾りを見かけることは多くなりましたが、
まだまだ県外の文化のイメージが強いように思います。
女の子の健やかな成長の先にあるものが、
嫁入りだからこそ、雛飾りは嫁入りをモチーフにしているのかもしれません。
また、女性の幸せの1つにあげられるのは、
「子どもを授かること」だと思います。
男性の幸せにはあまり挙げられませんが、
女性の幸せというのが、 「結婚」や「妊娠・出産」にあるという風潮は、
江戸時代から生まれてきたのかもしれません。
生物学的に言えば、
男性が直接的に関われるのは受精までで、
妊娠・出産が女性固有の特徴ということは言えます。
女性の特権といえば特権なのかもしれませんが、
権利を行使することは幸せとは限らないことも言えるような気もします。
とはいえ、
婚活をはじめる女性の多くが、 「妊娠・出産」を意識しているのも事実でしょう。
結婚はいつでもできるのですから、
日常生活の中でいい人に出会って、良い関係になれば結婚すればいい。
しかし、妊娠・出産に関してはそうは言ってられない。
女性にも男性にもある程度のタイムリミットがあるのが妊娠・出産なのです。
ひな人形自体が生まれたのは平安時代だと言われています。
ひな人形が十二単をまとい、平安時代の嫁入りを模しているのもそういった由来でしょう。
平安時代に活躍した紫式部や清少納言は結婚したいたのでしょうか?
この時代は、地位の高い男性の子どもは乳母に育てられていたでしょうから、
純粋に、共働きというわけでもないでしょうが、
平安時代に活躍した小説家とエッセイストはどうだったのでしょうか?
紫式部は藤原宣孝が配偶者とされてきたそうですが、
藤原宣孝以前に紀時文と婚姻関係にあったとか、
藤原道長の妾であったなどの説があるそうです。
一途だったのか、それとも恋多き女性だったのか謎は多いようですね。
清少納言はどうでしょうか。
981年に陸奥守・橘則光と結婚しましたが、離婚したそうです。
かと言って、絶縁関係でもなかったようです。
のちに、摂津守・藤原棟世と再婚したそうです。
婚姻関係以外にも数多くの恋愛関係が想定されているそうです。
日本の女性文学者の草分け的な存在の2人は、
平安時代の女性だけあって、謎は多いようですが、
筆をとりながら、そして、式部・少納言というくらいにありながら、
恋愛も楽しんでいたいのかもしれません。
とはいえ、家事や育児は女中さんにお任せしていたので、 男性の育児・家事の参加が少ないと言われる日本において、
まだまだ共働き女性の家事・育児の負担は大きいかもしれません。
昭和の皆婚時代には専業主婦が一般化する中、
家電が進化し、
ご飯も簡単に炊くことができ、
洗濯物も洗うことと乾かすくらいまでならできるようになりました。
家庭によっては食洗機で洗い物も任さられるようになったわけです。
時代とともに、便利な世の中になってきているような気もします。
それでも、専業主婦と兼業主婦では大きな違いがあるようにも思います。
女性の幸せが結婚であるかどうかの懸念材料は、
男性の経済力や家事・育児の貢献度が大きく関わる時代じゃないのかなと思うのです。
男性に経済力があり、女性に働く意思がなければ専業主婦という選択肢もできます。
女性に働く意思があれば、共働きなので、兼業主婦・兼業主夫という選択をすべきだと思います。
また、うちのように夫婦逆転で、妻に経済力があれば、専業主夫も1つの選択肢のように思います。
どんな選択をしても、 お互いを労わり、お互いに感謝し、お互いを尊敬し合うことは大切なように思います。
時代にともに結婚の価値観は変わると思いますが、
お互いを思いやる気持ちだけはいつの時代も同じように思います。




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